ORGANIC☆CAMERA in paris

トイカメラ、ポラロイド、古い一眼レフ、
ヒトもモノもオーガニックなココロを感じるものが好き。
カメラ、ヒト、ココロ撮り続けるほど、そのつながりは大きく、深くなる

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時間




こうして待つ時間は

こんなにも大きくて果てしなくて



でも、だから

1つの呼吸はさっきの呼吸とは少し違って、

空気にも味や温度があるってことを知る



でも、だから

心拍数は1つの時間の中にいくつ鼓動するかではなく、

1つの鼓動の中にどれだけ時間がつまってるかってことを知る


無垢



オトナというカテゴリーのもとに
得るものの多くは、
実は失うことでもあったり

失わなくてよかったモノ
もう一度ひろい集めよう


表情



ある本にパリほど表情豊かな犬が多い国はないと書いてあった。
愛されて育った犬は表情が豊かだと。
これはパリの人が特別愛情が深い人種だという意味ではなく、
人に対して冷たい人であっても犬には対しては並々ならぬ愛情をそそぐということらしい。

なるほど、同じような犬を見たことないくらい様々な種類の犬を見たけど、
それは表情の豊かさからそう感じた部分もあったかもしれないし、
確かにどのこも幸せそうな笑顔を振りまいていた。
パートナーから愛情を受けて、そしてパートナーに対しても深い愛情があるから
あんなに表情豊かなんだろう。
顔だけじゃなく、容姿とかしぐさとか体から放つ表情。

別の話では長期に渡るバカンスの時などに
邪魔になって捨ててしまう人もいると聞いたので、
みんながみんなじゃないかもしれない。
でも、僕がパリで見た犬たちは
街でも公園でもカフェでもメトロでも、
どこでものんびり自然体。
リードをつけていない犬が何度も主人の顔を確かめながら、
行き先や歩幅を合わせてる姿がとても愛らしかった

<PLACE:ルーヴル美術館近く>

偶然



パリに降り立った次の日、
たくさん行きたいところはあったのだが、ただ街を歩いてみたいと思った。
ガイドブックに載ってる場所をどこでもドアのように
交通機関を使って旅するのもいいかもしれないが、
まだまだ時間はあるし、その街を知るには自分の足で歩くことが大切な気がした。

あてもなく歩いていたのだが、見たことある建物にいくつも出くわし、
意外とパリの街は小さいんだ、と感じた。
かなり歩き疲れたころ、古い教会をみつけた。
なんとなくここは入ってみたいと思った。
教会内部、おみやげ的なモノを売ってる比較的近代的なショップに肩透かしをくらいながらも、2階へと続く階段をみつける。

階段を上がるとそこは礼拝堂で
高い壁一面に埋め尽くされた無数のステンドグラスが待っていた。
さまざまな色彩のステンドグラスは外の光をぞんぶんに取り入れて、
13世紀の絵物語を語っていた。
ためいきをつきながら、しばらくそこで静かに時をすごした。

情報は大事だが、それだけで旅をするとつまらない。
目的地にたどりつくことだけが旅じゃない。

偶然、みつけたもの
偶然だけど、自分の足でみつけたもの
だからこそココロにのこる光景だった。


<PLACE:サントシャペル>





再会



パリで再会したトモダチ

ほんの少しの日本での出会い

でも時間じゃない

つながる人とはつながるんだ

再び日本で再会したトモダチ

ほんの少しの時間は最初の少しとは

大きく違っていた

<PLACE:マレの公園>

価値




初めてのパリは見るものすべてが新しかったが、

はるか昔の建築物であるはずのモノが、はるか未来の建築物のように思えた。

ある意味それは正解なのかもしれない。

きっとこの先、今ある比較的新しい建物がなくなったとしても

その技術も想いも歴史も刻んだ建物たちは存在し続けるだろう。

古びて、なお価値のあるもの

古びるからこそ価値の出るもの

モノもヒトもそうあるべきだと思った。


<PLACE:ノートルダム大聖堂屋上>

旅立ち



パリに旅立った理由はいくつかあったが、

どうやら自分自身も知らない理由がいくつかあったようだ。

場所やモノも刺激的だったけど、

ココロに大きく刻まれたのはヒト。

そこで出会ったヒト

そこで再会したヒト

離れて会えないヒト


ヒトに始まり、ヒトに終わった旅だった。

<シャイヨー宮前>
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